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仙台高等裁判所 昭和35年(ネ)447号 判決 1963年5月17日

控訴人 板橋軍寿 外一四名

被控訴人 鈎取開拓農業協同組合 外二名

補助参加人 国

訴訟代理人 逸見惣作

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

(一)  別紙第一目録記載の土地がもと訴外板橋百之助の所有であつたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一三号証、乙第一ないし第七号証、控訴人芳夫の関係を除き官城県知事の印影の部分につき成立に争がなく、原審証人柴森英行の証言により控訴人芳夫の関係においては全部、その余の控訴人の関係においてはその余の部分の成立を認める甲第三号証、第五号証の一ないし四、同証言により成立を認める甲第四号証、方式及び趣旨により真正に成立した公文書と推定される甲第七・一一・一二号証、原審における証人菅原正志・田母神納・柴森英行・中崎高吉・菊田繁二の各証言、被控訴組合代表者佐藤太二(第一回ないし第三回)、被控訴人高橋利蔵、訴の取下前の原告小島浅治各本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認定することができる。

宮城県農地委員会は、昭和二二年春ごろ自創法第三一条による未墾地買収計画を樹立し、その調査立案方を仙台市役所に委嘱したので、同市役所係員はそのころ別紙第一目録記載の土地を実測したうえ(同土地の実測面積が四町六畝二〇歩であることは当事者間に争がない。)同土地につき同年六月六日、買収の時期を同年七月二日とする買収計画を樹立し、その旨を公告し、所定事項を記載した書類を同年六月九日から同月二九日まで縦覧に供して所定の手続を経、宮城県知事は昭和二三年一月三〇日付買収令書を発行してそのころ板橋百之助に交付して同土地を買収したこと、宮城県農地委員会は、同年末ごろから昭和二四年にかけて同土地並びに付近土地を実測したうえ、別紙第一目録記載の土地に他の土地を併わせて別紙第二目録記載のとおり新地番を付し、これにもとづき同年一〇月三一日ころ売渡の時期を同年一一月一日とし、別紙第二目録記載のとおり被控訴人ら及び小島亀吉にそれぞれ売渡す旨の売渡計画を樹立し、所定の手続を経たうえ、宮城県知事は該売渡計画にもとづき同年一二月一日付売渡通知書を発行して昭和二五年二月七日被控訴人らにこれを交付してそれぞれ売渡したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

控訴人らは、右買収令書により買収の対象とされた土地は、仙台市大字芦の口字西の平二番の一山林四町四反九畝七歩のうち四町六畝二〇歩であり、別紙第一目録記載の土地に対しては買収処分がなく、また、被控訴人らがそれぞれ売渡を受けた土地は仙台市富沢字西の平の山林であつて本件土地ではない旨主張し、前記乙第一号証、第三ないし第七号証によると、本件買収計画書には買収土地の表示として、仙台市大字芦の口字西の平二番地の一山林四町四反九畝二七歩のうち四町六畝二〇歩の記載があり、本件買収令書には同番の一山林四町六畝二〇歩の記載があり、また本件売渡通知書には(イ)被控訴組合に対し仙台市大字富沢西の平八番山林六畝歩を、(ロ)被控訴人春雄に対し同所六番の一山林一町八畝三歩及び同番の二畑四反五畝歩を、(ハ)小島亀吉に対し同所七番山林二反八畝歩、同所九番の一山林九反歩及び同番の二畑五反歩を、(ニ)被控訴人利蔵に対し同所一〇番の一山林九反四畝一五歩及び同番の二畑四反五畝歩をそれぞれ売渡す旨の記載があるけれども、仙台市には芦の口なる大字は実在せず、また大字富沢なる地名があつて、それが西の平と隣接していることは当事者間に争がなく、前記証人菅原正志・田母神納・柴森英行・中島高吉・菊田繁二の各証言、被控訴組合代表者佐藤太二(第一回)被控訴人高橋利蔵各本人尋問の結果によると、鈎取地区には種々の大字名があり、本件土地の所在する地域は一般に「仙台市芦の口字西の平」と称せられていいたために、地名を誤つて大字名を「芦の口」として買収計画並びに買収が行われ、またその売渡に際しては、大字名を付近の大字名と間違いられて「富沢」として新地番により売渡されたことが認められるから、前記買収令書並びに売渡通知書の記載は各大字名を誤記したものというべく、他の土地につき買収並びに売渡処分がなされたとの控訴人らの主張は理由がない。

さらに控訴人らは、仮りに本件買収並びに売渡処分は大字名を誤記したものとするも、仙台市には大字芦の口なる地名は存在しないのであつて、土地台帳の編別が大字で区別されていることを考合わせると、大字名を誤記してなされた前記各処分は重大な誤りを犯したものであつて、本件土地を表示したものとは到底認めることはできないから当然に無効であつて、訂正することは許されない旨主張するが、すでに認定したとおり、本件土地についての買収並びに売渡処分は、単なる土地の名称の誤記にすぎないものであり、これをもつて重大かつ明白な瑕疵ということができないから、無効のものと解すべきではない。したがつて、後日これらの誤記を訂正することは妨がないものというべく、前記甲第三号証の一ないし四、第七号証、被控訴組合代表者佐藤太二本人尋問の結果(第一回)これにより成立を認める甲第九号証、第一〇号証の一ないし四により明らかなごとく、宮城県知事が昭和三三年七月四日発議、同月七日決裁の文書にもとずき、前記買収並びに売渡処分の誤りを訂正したことは相当である。

そうすると本件土地は別紙第二目録記載のごとく被控訴人らにそれぞれ売渡されたものといわなければならない。

(二)  そこで、補助参加人国並びに被控訴人らは未だ本件土地につき所有権取得登記を経由していないから、同土地につき持分権の譲渡を受けその登記を経由した控訴人伝治、久太郎、教彦、軍次郎らに対しては右買収並びに売渡処分にもとづく所有権の取得を対抗することができないとの抗弁につき考えるに、板橋百之助が本件土地を買収された後の昭和二七年六月四日死亡し、その相続人である控訴人軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助、原審相被告らの及び訴外板橋八十二が相続により本件土地所有権を取得したと称し、(イ)昭和三一年一一月二四日相続を原因として原審相被告らのが持分二一分の七、その余の者が持分各二一分の二の所有権移転登記手続を経由し、次で同月二八日控訴人軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助及び原審相被告らのは、各その持分全部を(ロ)控訴人伝治、久太郎に対し各一二六分の一九、控訴人教彦、軍次郎に対し各一二六分の三八を売渡し、それぞれ同日その旨の持分移転登記を経由し、次いで板橋八十二は、(ハ)昭和三二年一月二四日その持分全部を控訴人軍次郎に売渡し、翌二五日その旨の持分移転登記を経由したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証によると、控訴人軍寿らが経由した右(イ)の移転登記は、仙台法務局長町出張所昭和三一年一二月二四日受付第四一二二号をもつて、控訴人久太郎らの右(ロ)の持分移転登記は同出張所同月二八日受付第四二八九号をもつて、控訴人軍次郎の右(ハ)の持分移転登記は、同出張所昭和三二年一月二五日受付第二一一号をもつて各手続を経由したことが明らかである。

しかしながら、自創法は、今次大戦の終結にともない、我国農地制度の急速な民主化を図り、耕作者の地位の安定、農業生産力の発展を期して制定せられたものであり、国はこの目的達成のため同法にもとづき公権力をもつて農地その他を買収し、これを耕作者に売渡す権限を与えられているのである。すなわち、国の同法にもとづく土弛の買収処分は、国家が権力的手段をもつて土地の強制買上を行うものであつて、対等の関係にある私人相互の経済取引を本旨とする民法上の売買とはその本質を異にするものであるから、私法的取引の安全を保障するために設けられた民法第一七七条の規定は、自創法にもとづく土地の買収処分にはその適用がないものと解すべきである(最高裁判所昭和二八年二月一八日判決参照)。

したがつて、補助参加人国は、本作買収処分により本件土地所有権を取得し、取得登記を経由することなくその所有権を第三者に対抗し得るものといわなければならないのであり、百之助の相続人である控訴人軍寿らは相続により本件土地の持分権を取得するいわれがなく、ひいては本件土地につき同控訴人らから持分権の譲渡を受けた控訴人伝治、久太郎、教彦、軍次郎及び百之助の相続人板橋八十二からその持分権の譲渡を受けた控訴人軍次郎はいずれも該持分権を取得するに由なく、同控訴人らに対抗できないとの抗弁は理由がない。

(三)  以上認定の事実によると、補助参加人国は、前示買収処分により昭和二二年七月二日本件土地の所有権を取得し、次いで昭和二四年一二月一日付売渡通知書をもつて新地番により本件土地を被控訴人らにそれぞれ売渡したのであるから自創法第四四条(農地法施行法第三条)自作農創設特別措置登記令にもとづき、補助参加人国は、本件土地につき所有権取得登記並びに被控訴人らのため所有権移転登記手続をなすべきところ、右補助参加人国の被控訴人らに対する本件土地の売渡は、公権力により行うものではなく、一般の売買と選ぶところがないから、かかる関係については民法の規定を類推適用すべく、したがつて、被控訴人らは補助参加人国に対し、それぞれ本件土地につき所有権移転登記請求権を有するものというべきである。

ところで、板橋八十二が昭和三二年六月二三日死亡し、その妻である控訴人とみゑ、その子である控訴人佳子、和子、みつ子、よね子が相続したことは当事者間に争がなく、控訴人軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助、板橋八十二、原審相被告うのが経由した前示(イ)の移転登記、控訴人伝治、久太郎及控訴人教彦、軍次郎らが経由した前示(ロ)の持分移転登記並びに控訴人軍次郎が経由した前示(ハ)の持分移転登記は、実体関係にそわないものであることはもとより、補助参加人国が本件土地につき所有権取得登記並びに被控訴人らのため所有権移転登記手続をなすにいずれも障害となるものであるから、補助参加人国に対し、控訴人軍寿、はるの、芳夫、半治郎、岩蔵、喜之助、原審相被告うの、板橋八十二の相続人である控訴人とみゑ、佳子、和子、みつ子、よね子は前示(イ)の移転登記の、控訴人伝治、久太郎、教彦、軍次郎は前示(ロ)の持分移転登記の、控訴人伝治、久太郎、教彦、軍次郎は前示(ロ)の持分移転登記の、控訴人軍次郎は前示(ハ)の持分移転登記の各抹消登記手続をなす義務があるものというべきである。

そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、補助参加人国に代位して右登記の各抹消登記手続を求める被控訴人らの本訴請求は正当として認容すべく、同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条・第九五条・第八九条・第九三条を適用して主文のとおり判快する。

(裁判官 鳥羽久五郎 羽染徳次 小林謙助)

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